

「拾の溪温湶鄕 入口驛」 のコンセプトと建物について
2018年「弐の渓温泉 電気軌道」、2020年「参の渓温泉 電気軌道」以来、里山ものを制作していませんでしたが、久しぶりに作ってみました。 場面設定は 昭和初期ごろ(昭和元年=1926年)、江戸時代からある関東近辺の小さな宿場町の一画、裏山だった所に、大正時代(1912-1926)になってから国鉄のローカル線が通ることになり、駅までできたという設定です。
今回の「拾の溪温湶鄕 入口驛」(新字体で「十の渓温泉郷 入口駅」)は、温泉郷の情景ではなく、そこにいくための電気軌道線(路面電車)の始発停車場周辺を想定した情景で、そこには、温泉目的の観光客のための国鉄ローカル線の駅「拾の溪温湶鄕 入口驛」があり、飲食店、旅館(旅篭)、お土産屋 兼 雑貨屋、新しく創業したタクシー会社 があります。 都会から汽車でやってきた観光客たちはこの駅で降り、電気軌道線やタクシーに乗り換えて、温泉郷を目指すのです。
昭和初期(昭和元年=1926年)には、欧米から輸入された黎明期のガソリン自動車が普及し始めており、一般市民には当然高嶺の花だったものの、政界・財閥の大物たちや、タクシー会社での運用が始まっていたようです。 タクシーの普及が進むと同時に、人力車などの古い交通手段は消えていったものと思います。 陸上交通の歴史の中で大きな転換点だった時代と思います。
この後の「d047 元祖・拾の溪温湶鄕」「d048 本家・拾の溪温湶鄕・鳳泉楼」は、この「拾の溪温湶鄕 入口驛」に続くシリーズ作品です。
拙作 2018年「弐の渓温泉 電気軌道」、2020年「参の渓温泉 電気軌道」の2作品は共に、平面サイズがW 320 x D 230(mm)と、A4サイズを少し大きくした程度のサイズでしたが、今回の「拾の溪温湶鄕 入口驛」の大きさは、W 500 x D 308(mm)と、ふた回りほど大きくなりました。
- 建物・高架橋・T型フォード、A型フォード などは全てオリジナル設計によるフルスクラッチです。
(一部にレーザーカッター使用、データはCADによるオリジナル) - 屋根瓦・街灯・電柱・など、一部にメーカ製素材を使用。
2026年(令和8年)2月11日 解説文を掲載

01:拾の溪温湶鄕 入口驛(拾の渓温泉郷 入口駅)

01:
昭和初期ごろの関東近辺の国鉄ローカル線の木造駅舎という設定です。「拾の渓温泉郷」の最寄駅です。 都会から汽車でやってきた観光客たちはこの駅で降り、電気軌道線やタクシーに乗り換えて、温泉郷を目指すのです。
大正時代から昭和初期頃に多く建設されたという、国鉄の標準型木造駅舎の画像資料を参考にしたオリジナルです。 駅舎の隣にはトイレ小屋も設けてあります。 ホーム床、ホーム上の駅名板などもボール紙を加工して着色仕上げです。
02:鉄橋

02:
現在、愛知県の明治村 と JR東海三島研修センター内 に一部が移築保存されている「六郷川鉄橋(橋梁)」(ろくごうがわ てっきょう/きょうりょう)をモデルにしたオリジナル(レーザーカット)です。
その「六郷川鉄橋」は、東海道線の多摩川を渡る初代の木造橋(1871年・明治4年建設)に代わる 2代目 として、1877年(明治7年)に設置された日本初の複線用 鉄骨ワーレントラス橋で、英国人技師による設計、イギリス・リバプールで製作されたそうです。 明治村に保蔵されている橋の一部は、2004年に国の登録有形文化財 指定されているそうです。
特徴は、線路両側のトラスの高さが低く上弦の横架材でつながっていない事で、横から見るとトラスより頭が出た形で汽車が通過する事です。 今回の作品でこの橋をモデルにしたのもそれが理由で、一般的なトラス橋では背が高すぎて今回の模型作品内でのバランスが悪くなると思ったからです。 上弦の横架材がない事で作品内のレール清掃が容易というメリットもあり、今後、自作の中にトラス鉄橋が登場することがあったら、またこのパターンを使いたいと思っています。
その東海道線 六郷川鉄橋 2代目は、設置から35年後の 1912年(明治44年)3代目に掛け替えされた際に一度引退、御殿場線の酒匂川橋梁(さかわがわ きょうりょう)として単線用に改造、移築され(1915年より?)、1965年(昭和40年)まで活用されたそうです。 一度改造と移築がされたとは言え、1877年から1965年までの88年間も現役だったわけですから、昔のものづくりは本当に質実剛健だったのだと思います。
03:駅前食堂「お食事処 木曽屋本店」


03:
下にある川沿いのお店や旅館(5・6・7・9)は江戸時代からある宿場の一部という設定ですが、駅の開業までここはただの裏山だったのです。 しかし「拾の渓温泉郷 入口駅」の開業で山が開け、やってくる観光客目当てに駅の目の前に新しく開業した食堂という設定です。
もともと山の斜面だったところに無理やり建物を作ったので、建物を支える、清水の舞台のような柱が必要でした。 多分客席からの眺めは素晴らしい事でしょう。 観光客向けの食堂とは言え、電気軌道線やタクシーなどにすぐ乗り換える客は素通りしてしまうので、儲かっているかどうかわかりません。
瓦屋根は取り外しができて内部を覗けます。 1〜2階分も内部を少し作りましたが、3階部分は特に、お座敷にテーブルと座布団を並べてあります。

04:電気軌道線の停留所

「電気軌道線」については、他のページにまとめております。 こちらをご参照ください。

05:旅館「旅篭 増田屋」

05:
宿場町に江戸時代から続く旅館という設定です。 江戸の創業時から暖簾には「旅篭(はたご)」の文字が誇らしく記されています。
江戸時代の庶民の宿泊施設には、朝夕の食事を提供する「旅籠(はたご)」と、客が自炊する「木賃宿(きちんやど)」があったそうです。 ここでは「旅籠」の流れを汲む老舗の「旅館」という設定です。
瓦屋根は取り外しができて内部を覗けます。 1〜2階分も内部を少し作りましたが、3階部分は特に、ちゃぶ台、座布団、ちらかった布団 などをしつらえました。

06:みやげ・雑貨 壽屋(ことぶきや)

06:
もともと生活雑貨の店だったのですが、駅ができてからは土産物や軽食も扱うようになったという設定です。
近くの川で釣った鮎の塩焼きが自慢ですが、冷蔵庫が普及していないこの時代、出せる季節が限定されます。 数代目の現店主は1年中出せる新しい名物を作ろうと目論み、近々自家製の饅頭(まんじゅう)を売り出す予定です。
07:山崎タクシー
08:A型フォード・T型フォード(FORD Model-A・FORD Model-T)

07:
もともと他の業種の店舗だった町家建築に、新しくタクシー会社を創業したという設定です。 観光客目当ての創業です。 看板は創業者自らデザインし目立つように大きく掲げてあり、新しい時代の商売への意気込みが伝わります。 (看板デザインは、ネット上の画像資料を引用させていただきました)
店舗前に赤い A型フォード 1台が誇らしく停車中で、他にも店舗の横と裏に T型フォード が2台、駅前には客待ちのT型フォード1台が待機中です。
08:
タクシー会社の車両です。 表に停車中の赤い車は「A型フォード」、他に黒く塗装された「T型フォード」が3台あります。 T型フォードのうち1台は、駅前で客待ちの待機中です。 昭和初期当時、田舎町にタクシー会社がどれだけあったのかのリサーチは詳しく行いませんでしたが、時代を象徴する新しい工業技術の象徴としてご登場いただきました。 当時自動車は珍しかったでしょうから、タクシーに乗るというのは特別な体験だったのではと想像します。
「T型フォード」(FORD Model-T)は、アメリカフォード社により世界で初めて大量生産された大衆向け乗用車として有名で、1908年(日本では明治41年)〜1927年(昭和2年)の間に1500万台以上が生産されたそうです。 1925年(大正14年)には、フォード社による組立て工場が 横浜 にでき「T型フォード」が製造されていたそうです。(組立て工場との事なので、アメリカで製造された部品を日本まで運び込み、横浜で組立てたものと思われます) ここでは、ボディーを黒く塗ったT型フォード3台にご登場いただいています。
「A型フォード」(FORD Model-A)は 1927年に生産が始まった、「T型フォード」に代わる後継車種だそうです。 旧車種よりエンジンの性能がアップして乗り心地が改善され、ボディーの形状や色にいくつかの選択肢があったそうです。(1932年まで製造) 1927年といえば日本ではまだ昭和初期のころ(昭和元年/大正15年 = 1926年)、A型フォードはまだホッカホカの新車だったはずです。
当時の日本の古い画像資料のいくつかには、T型フォードと思しきクラシックカーが写っているものがあります。 T型フォードは大衆向け自動車とはいえ、当時の日本ではまだかなりの高級品だったものと想像します。 今見ると、何とも愛らしい姿です。
(20世紀初頭にはいくつかの国産自動車メーカー(ダイハツ、トヨタ など)が創業していたそうですが、本格的なガソリン乗用車の量産が始まったのは戦後との事)
T型フォード、A型フォード共に、画像資料を下敷きにCADデータを作成し、レーザーカッターで切出ししたものを組み立てたオリジナルです。 拙作の、2025年「東京下町 捌段崎町」、2025年「東京下町 漆間坂町」でも登場してもらいました。
09:はなぶさ食堂

09:
観光客向けの食堂と言うより、昔からある地元民向けの大衆食堂と言う設定です。 隣の「山崎タクシー」の運転手さんたちが常連客です。
文章:山尾 比呂士|Text:Yamao Hiroshi
2026年(令和8年)2月11日発表
Announced on February 11, 2026
English translation: ChatGPT-5.6 Luna
[JP] d046:拾の溪温湶鄕 入口驛のコンセプトと建物について


